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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1220号 判決 1957年2月11日

控訴人 被告 株式会社住友銀行

訴訟代理人 川合五郎

被控訴人 原告 山発興業株式会社

訴訟代理人 高坂安太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決をもとめ、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において次のように述べ、当審証人百武辰雄、田中辰男の各証言を援用したほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、本件保管証明書発行当時における控訴銀行西野田支店の職務分掌は、支店長席(支店長・次長・副長をもつて構成)の下に、預金係、出納係、総務係等の六係があり、各係は係長、副係長、係員をもつて構成し、係長は各係に割当てられた事務を管掌し、副係長は係長を補佐するとともに係長不在のときこれを代理するものであつて、株式募集および払込金代理事務は総務課の分掌事務であつた。

二、右支店における払込株金保管証明書発行の手続は、発起人が払込金全部を一括持参する場合は、つぎの通りの経過をとる。

(一)  総務課で、各払込人の氏名・株式数・金額等を記入した入金伝票を発起人に渡す。

(二)  発起人は右入金伝票に現金を添えて出納係に入金する。

(三)  現金を収納した出納係は、右入金伝票に収納済の印を押し、これを総務係にまわす。

(四)  総務係は右伝票にもとずき「代理事務記入帳」に株金払込の旨を記入した上、右伝票を預金係にまわす。

(五)  預金係は、右伝票にもとずき「別段預金元帳」に当該会社の別段預金として記帳する。

(六)  しかる後、総務課は払込株金保管証明書を作成して支店長席に提出し、支店長の捺印を得た上発起人に交付する。

三、また、控訴銀行における預金引出の取扱い方は、預金者から払戻の請求があると預金係でその請求書を受付け、元帳等と照合して、引出し得る預金があるときは、出金伝票を作成し、係長がこれに証印を押した上出納係にまわし、出納係はこの出金伝票に従つて払戻請求者に現金を交付する仕組である。従つて、出納係は右のようにして預金係からまわされた出金伝票は、これを現金と同一視することになるわけである。

四、本件保管証明書も、上記の通りの手続を経て発行されたのであるが、ただ、出納係への入金は、預金払戻のための出金伝票によつたものである。すなわち、預金係の係員であつた丸山幸男は、発起人中村栄、渡辺喜八郎等の依頼により、旭縫工有限会社振出の小切手をもつて、架空人名義による三〇〇万円の別段預金をし、直ちにその払戻のための出金伝票に預金副係長百武辰雄の証印を得、これを株金の入金伝票とともに出納係に持参したので、出納係は入金伝票に収納済の印を押したわけである。

元来小切手による預金は、現実に小切手の支払あるまでは払出ができないものであり、当日はもちろん上記小切手の支払はなかつたのであるが、右百武副係長は、渡辺喜八郎等が当日正午までには必ず現金の払込をするという丸山の説明を信じ、銀行に迷惑はかからぬと速断し、丸山の依頼に応じて、不在であつた係長の権限を代行し、上記出金伝票に証印を押して丸山に渡したのである。

五、要するに、被控訴会社発起人等は、控訴会社従業員丸山幸男および百武辰雄を利用し、西野田支店出納係に、現金の払込がないのに払込があつたと誤信させて入金伝票に収納済の印を押させ、結局は西野田支店長に、同様の誤信させて本件保管証明書を発行させたものであり、右の誤信がなかつたならば、出納係も支店長も、右の行為に出でなかつたことはいうまでもない。右のごとき事態のもとに発行せられた本件保管証明書の発行行為は民法第九六条によつて取消すことができるというべきである。

理由

一、被控訴会社が、株式の総数二万株、一株の金額五〇〇円、設立に際し発行する株式の総数六、〇〇〇株の株式会社として、昭和二七年一二月二日設立の登記を経たこと、控訴銀行西野田支店が、右設立につき、株金払込取扱銀行として、被控訴会社発起人の請求により、昭和二七年一一月二九日株金三〇〇万円の払込があつた旨の払込株金保管証明書を作成交付し、これにもとずいて右設立登記がなされたことは当事者間に争がない。

二、控訴人は、被控訴会社は、株金の払込がまつたくなかつたから、会社として存在しないと主張するが、すでに設立登記のある会社を株金の払込がなかつたとの一事をもつて、はじめから存在しないものとすることのできないことは明らかであるのみならず、もし本件係争の株金保管証明書につき控訴人にその責任があるものと判断せられると被控訴会社の資本充実に欠けるところがないこととなる筋合であるから、右の主張は採用できない。

三、而して被控訴会社が右保管証明書を発行するに至つた事情は、成立に争のない甲第一号証、乙第一、三号証、原審証人丸山幸男の証言により真正に成立したものとみとめられる乙第二号証の一ないし二三、乙第四号証の一、二、原審証人中村栄、丸山幸男、田中辰男、当審証人百武辰雄、田中辰男の各証言によれば、つぎの通りであつたことをみとめることができる。

即ち、控訴銀行西野田支店預金係丸山幸男は、その姉の夫の弟に当る渡辺喜八郎が、被控訴会社の設立に発起人等とともに関与していた関係で、同人の依頼により、昭和二七年一一月二五日頃右控訴銀行西野田支店に対し、株金払込の取扱を依頼する手続をしてやつたが、同月二九日の午前、右渡辺が、発起人中村栄とともに同支店に右丸山を訪れ、払込むべき株金三〇〇万円の払込がまつたくないまま、設立登記の申請に添付すべき払込株式保管証明書の交付を得られるよう、便宜の扱いを懇請し、その操作の材料として、訴外旭縫工有限会社振出名義の三和銀行関目支店宛、金額欄空白の小切手一通を交付したので同人はこれに応じ、右小切手に金額を三〇〇万円と記入した上これを同支店に対する架空人名義の預金とし、預金係長不在のためその職務を代行していた同支店預金副係長百武辰雄に右の事情を告げ、小切手による預金は、現実にその小切手の支払あるまでは払戻をしない取扱いであつたのに、直ちに右預金を払戻し、これを株金払込に当てたことにしてその払込を仮装すべく、百武に右預金払戻の承認をもとめ、これを了承した右百武辰雄に預金払戻のための出金伝票に証印を押してもらい、これを別に作成した株金払込金伝票(乙第二号証の一乃至二三)とともに出納係にまわし、出納係は右出金伝票をもつて株金三〇〇万円の払込入金として受入れ、預金係で、被控訴会社名義の別段預金口座を開設し、これにもとづいて総務係で払込株金保管証明書を発行し、これを上記中村栄に交付したものである。

四、控訴人はまず、右保管証明にかかる払込株金は、被控訴人にすでに支払つたと主張し、上記乙第四号証の一(控訴銀行西野田支店の出金伝票)には右主張にそう、昭和二七年一二月二日支払済なる記載がなされているので、右支店の帳簿上支払ずみとして処理されていることはわかるが、控訴人の説明によつてみても、右出金伝票は、預金係から出納係に支払を指示する銀行内部の伝票であつて、その裏面たる同号証の二には、上記乙第三号証(登記簿謄本)によつて、被控訴会社設立後その代表取締役となつたとみとめられる藤田末治の印が二箇所に押されているが、いかなる経過と事情でこの印が押されたのか、たしかめる資料もなく、上記払込仮装の事実や出金伝票の支払日付を考え合せると、右乙第四号証の一、二をもつては、払込株金が現実に被控訴会社に支払われたとみとめることは困難であるのみならず、前示甲第一号証、乙第四号証の一、二、証人丸山幸男、田中辰男の証言を総合すると、控訴銀行西野田支店においては、前記旭縫工有限会社名義の小切手が不渡となつたので、一二月二日これを交換から取戻し、銀行内部の処理として、同日前記払込株金による被控訴会社名義の預金から金額三〇〇万円を払出したこととし、右払戻金をもつて上記小切手による架空人名義の預金口座(入金がないのにかかわらず払戻しされたことになつている)の入金に振当て小切手は買戻されたこととして、すべての決済を糊塗したものであることがうかがわれるから、右払込株金が被控訴会社に支払われたとみとめるに由がない。

五、そこで、つぎに、控訴人の主張する詐欺による取消の点について考えるに、株金払込取扱銀行のなす払込株金保管証明は意思表示ではなく、いわゆる観念の通知に当り、而して、法律が一定の観念の通知に一定の法律効果を結びつける場合、いかなる理由でその法律効果を結びつけるかは、各場合によつて異り、意思表示において一律に、その意思の向うところに法律効果をみとめるのと趣を異にするから、意思表示の取消に関する民法の規定が観念の通知に類推適用あるか否かは、観念の通知のそれぞれの場合について、これにその法律効果を与えた規定の趣旨を考えて、ことを決しなければならないものと解すべきところ、商法第一八九条第二項は、保管証明をした銀行等に、その証明にかかる保管株金について、払込のなかつたことをもつて会社に対抗できないものとしており、右は会社の資本充実に対する第三者の信頼を保護するため、株金払込取扱銀行にその証明についての厳重な責任を課しているのであつて、銀行が払込のないのにみだりに保管の証明をするがごときは、法律が厳に禁じているところであり、仮に保管証明をなすについて発起人なり第三者の詐欺があつたからといつて、会社成立後は会社に対し、これをもつて責任を免れる根拠となし得ないことを明らかにしたものといわなければならない。従つてこの規定の趣旨に鑑みると、会社成立後商法第一八九条の適用については詐欺による意思表示の取消に関する民法第九六条の規定はこれを適用する余地がないものと解するのを相当とする。しかのみならず、本件において控訴人は、前記保管証明をなしたのは、被控訴会社設立発起人中村栄、渡辺喜八郎等が控訴銀行預金係丸山幸男に対し、正午までに現金三〇〇万円をかならず持参する旨申欺いた詐欺に基因するものと主張し、前掲丸山、百武、田中各証人はこれに副う証言をするが、本件証明書発行の経緯ならびにその後の控訴銀行における預金口座の後始末は、さきに認定したとおりであつて、さらに原審における証人中村栄の証言によると、右保管証明書発行前、同人等において数回丸山幸男を饗応した事実があり、また、会社設立登記の当日保管証明書に支店長印の捺印洩れがあることを発見し、控訴銀行西野田支店にこれを持参し、丸山を介して支店長印を受け、ようやく登記手続を了した事実もみとめられるから、これ等の事実に対此すると、前示控訴人の主張に副う証言は、たやすく信用しがたく、その他控訴人主張のごとき被控訴会社発起人等の欺罔行為を認定することはできないから、いずれにしても、控訴人の詐欺の抗弁を採用するに由がない。

六、はたしてそうだとすれば、控訴人は本件保管証明にかかる払込金につき、その返還を拒み得ない筋合であつて、控訴人に対し、その保管証明にかかる払込金三〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和二八年二月二二日から支払ずみまで、商法の定める年六分の利率による遅延損害金の支払をもとめる被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村正道 判事 金田宇佐夫 判事 鈴木敏夫)

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